●とりあえずの結び


作者近影

 ここまで、この「自註自解」を読んでいただいたみなさん、どうもありがとうございます。
 「なんだ、結局ほとんどボツ作品だったじゃないか」と、怒り心頭(?)の人がいるかも知れないので、とりあえず、この場を借りて「自己弁護」でも記しておこうと思います。
 なぜ、わざわざ「こんなくだらないボツ漫画」の数々をHPで発表しているのか? また、なぜ「こんなくだらない解説文」なぞを、恥ずかしげもなく披露しているのか? その理由について述べておきたい。

 わたしが漫画家稼業から足を洗ったのは、1996年、今から10年近くも前のことである。それ以後、わたしは一切漫画を描いていないし、読んでもいない。仕事も全然違うことをしている。あえて「漫画」から遠ざかるようにして、わたしは生活をしてきた。
 なぜかと言うと、自分が漫画を描いていた事実なぞ、はやく忘れてしまいたかったからだ。

 わたしにとって、1990年代は、まさに「失われた十年」であった。
 その時代、わたしは100作近く漫画を描いたのだが、そのほとんどはボツ作品で、認められた作品なぞ、実は、片手にも満たない。いや、もっと正確に言おう。「妖怪人間ベム」の片手で充分、数えられるだけしかないのだ。(……ちょっと例えが古かったかも知れない? 分からない人はお父さんに聞いて下さい)
 つまり今回、「厳選して」10作品を配信したわけだが、「厳選」するもなにも、実のところはただの「ドングリの背比べ」に過ぎないし、結局そんなものしか描けなかったワケだ。
 そんなもんだから、自分が元漫画家だったことなぞ、極力、他人には言わないようにしてきたし、隠し続けてきた。そもそも「元漫画家だった」などと、自分から名乗ることさえおこがましいような、せいぜい、「自称漫画家のフリーターだった」と言った方が似つかわしいような生活ぶりであった。

 しかし、そんな時代から10年の歳月が経ち、最近になって、ようやくあの頃のことを懐かしく振り返られるようになってきた。
 いや、と言うよりも、現在、これといった目標もなく「のうのう」と毎日を暮らしている自分にとって、実はあの頃の「暗黒時代」の方が、自分は輝いていたのではないかと思うようになったのだ。
 このままでは、その「輝ける闇」時代が風化してしまう。そこで、その頃の思い出をきちんと整理して、書き残しておこうと思い立った。それがこの「自註自解」なのだ。
 つまり、このHPを立ち上げた直接の動機は、実はこの「自註自解」にあったのである。
 しかし、読者のみなさんにとっては、この解説文はまったくの「不要物」かも知れない。漫画にしろなんにしろ、その良し悪しは、自分の目で確かめ、味わってもらうのが一番だからだ。また、「ただの自称漫画家風情が、もっともらしく、自分の作品の解説なんかするな」と思われた方も大勢いるに違いない。だが、以上のような理由により、わたしは蛇足と知りつつ、この「自註自解」を載せている。

 例えば、どこぞの売れっ子漫画家が「おれはこうして売れっ子になった」などといった自叙伝は数多くあるが、売れなかった漫画家が「おれはこんなことしてたから売れなかった(?)」といったたぐいの回顧録など、今まで絶対になかったように思う。(まあ、そんなもん誰も読まないだろうから、なかったワケだけど……)
 ともかく、そういう意味において、この「自註自解」はささやかながらも価値があるのではないかと、わたしは(勝手ながら)考えている。

 もしも新人漫画家や、漫画家のタマゴの人たちが、この「自註自解」を読むことで、なにかしら漫画を描いていく上での「手助け」になったとしたなら、わたしにとって望外の喜びである。

2005年10月 記


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