●夏の華 1990.03.
まず、いきなり「言い訳」から始めることにします。
実を言うと、ぼく自身、この作品がまったく好きではないのだ。では、なぜわざわざ公開したのかといえば、本作品が、ぼくにとっての記念すべき第一歩になったからである。まず、いきなり「言い訳」から始めることにします。
この作品によって、初めて新人漫画賞の最終選考までノミネートされるに至った。そういう意味で思い出深い作品なのだ。
もちろん本篇が掲載されたわけでも、賞金をもらえたわけでもない。しかし選考結果発表のページに、自分のペンネームと「夏の華」というタイトルが載ったのを見ただけで、当時のぼくは有頂天だったことを記憶している。
作品の内容としては、いわゆる「純愛もの」のジャンルに属す。しかしながら、漫画家をこころざして上京してきた当初から、ぼくは「純愛もの」を描いていたわけではない。
平成元年9月、友人のアパートに居候同然で上京してきた当時のぼくは、シュールなナンセンス漫画を描こうとしていた。その頃好きだった作家を思いつくまま列挙するなら、つげ義春、水木しげる、江戸川乱歩、筒井康隆……。いかにもヤバそうな(?)人たちばかりである。
では、どうしてそれが急に「純愛もの」を描くようになったのか?
まず、彼らのような世界観の漫画を描くには、なんといっても精密な画力が必要であった。ところが、その当時のぼくは恐ろしく絵が下手で、その技術力の無さを痛感していた。本作品を見てもらえば分かるが、所々デッサンやパースが狂っているし、登場人物の顔もお粗末である。しかしこれはまだ良くなった方で、それ以前の作品など見るに耐えられないほどだった。
そこでぼくは上京してしばらくの間、つげ義春を手本に、見よう見真似で絵の勉強をすることにした。
そもそもつげ義春を好きになったのは、シュール漫画の金字塔ともいえる「ねじ式」がきっかけであり、その他の作品はそれほど印象になかった。ところが彼の画風を真似てるうちに、「紅い花」や「海辺の叙景」といった、「ねじ式」以外の純文学っぽい雰囲気の漫画に強く惹かれるようになる。いつしか画風だけでなく、話の内容まで真似するようになっていったのだ。
こうして「紅い花」もどきの「夏の華」が完成する。タイトルからして二番煎じである。
さて、完成後さっそく、本作品を編集部に持ち込んだわけだが、そこで担当編集者から色々と苦言を聞かされることになる。いわく「なぜ彼女は十年間も待っていたのか」「この主人公はどこでなにをしていたのか」「話にリアリティがない」……。また、主人公にはちゃんとした名前すらない。ただの「慎ちゃん」である。しかしそのような、話をリアルに構成させるための材料を、ぼくは余分な枝葉として、ことごとく削ぎ落としてしまっていた。
なぜなら、この作品は純然たる「純愛もの」などではなく、まったく別物だと、ぼく自身思っていたからだ。あえてジャンル分けするなら、「シュールなナンセンス漫画を描こうとしていた作者が、つげ義春等の純文学的な雰囲気に触発されて描いた、恋愛を題材とした漫画」となる。つまり、なにが描きたいのかサッパリ分からない不完全な作品だったと言うことだ。
しかしながら、とりあえずこれがぼくの第一歩となる。
だが、そもそもなぜこんな中途半端な作品が、最終選考にまで残ることが出来たのか、ぼく自身よく分からない。当時、上京したばかりで、ただやみくもに漫画を描きまくり、せっせと編集部に持ち込んでいたぼくに対する「努力賞」のような意味合いだったのかも知れない。しかしそれに対して、当時のぼくは単純に有頂天になっていたのである。
なにやら、これからの大いなる「いばらの道」を予感させるような、そんな中途半端な第一歩であった。
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