●海のない街 1993.02.

 この作品、実をいうと、ぼくは「大嫌い」なのである。
 実はこの時代、お見せできるような作品など、なにも無かったりする。しかしそれではあまりにも間隔が空きすぎるため、選びに選んだ結果、本篇のみを、公開に踏み切ることにした。もっとも、ただのボツ作品であることをあらかじめお断りしておく。

 「行商人」以降、ぼくは完全なスランプ状態に陥っていた。
 自分自身、なにが描きたいのか、あるいはなにが描けるのか? まったく分からなくなってしまったのだ。
 その原因は前項でも述べたように、ぼくの引っ込み思案(?)な性格にあるのだが、もうひとつ、「方向性への迷い」が大きな要因として挙げられる。実は「売れ線」狙いの作風に、なんとかシフトチェンジしてやろうと試行錯誤していたのだ。

 それまでの作品は、お世辞にも「売れる漫画」と言えるものではなかった。マイナーな、時代遅れの漫画であった。ぼく自身も、それは充分理解していたし、「マイナーですが、なにか?」といった堂々たる(?)心境であった。
 しかし、編集部通いをするようになって、その気持ちがグラグラと揺らぐようになる。と言うのも、他の作家たちの動向が気になり始めたのだ。同期の新人の誰それが連載を抱えるようになったとか、アンケート調査で何位になったとか、色々と耳にするにつれ、いつしかぼくは「浮き足立って」しまったのだ。

 まず絵柄が変化した。
 本篇と「幸福屋」の頃のものとを見比べてもらえば分かるが、結構スッキリと見やすい絵になってると思う。
 だいたいそれまでがあまりにも、つげ義春の「サル真似」風で、ぼく自身もなんとかその画風からの脱却を図ろうと思っていたことは確かであった。そういう意味では「進歩」なのだが、しかし同時に「味わい」とでも言うべき叙情感が無くなってしまったように思う。それは、ぼくの漫画にとっては必要不可欠なエッセンスであったはずなのだが……。
 次に、話の展開方法も大きく変化した。
 以前までの作品は、結構のんびりと淡々とした感じでストーリーが展開していたのだが、この作品あたりから、徐々にテンポ・アップしたものを描くようになる。それも、ドタバタ気味にオーバーアクションを交えながら展開していくのだ。例えばこの作品で言えば、主人公の女の子がヤカンに片足突っ込んで、「うわ〜ん」と大泣きしている場面などがそれだ。
 いわば「ドタバタ・コメディ漫画」とでも呼ぶべきものだが、正直、今読み返すと「虫酸が走る」思いがする。そもそも、淡々とした風合いのシュール漫画を描いていた人間が、いきなりこんな真逆なものを描いたところで、良いものが出来るワケがない。今までとは逆の漫画を描けば、売れるとでも思ったのだろうか? いわゆる「売れ線」の漫画というものを、当時のぼくは完全に履き違えていた。

 しかしながら、前述したように本作「海のない街」はまだ良い方なのだ。
 これ以外の作品なぞ、「寒気がして」決して披露できるものではない。とりあえず、どのような作品だったのか、ジャンル名だけを列挙するなら、いわゆるラブ・コメもの、SFもの、アクションもの、さらには自分自身よく分かっていないくせに、地方の伝承を題材とした歴史伝奇アクションコメディ恋愛漫画(?)など、いろんなジャンルに手を出していった。そして、片っ端からボツになったのだ。
 この「浮き足立った」時代は、平成3年秋から6年初頭にかけて、約2年半続く。その間に描いた作品は、この「海のない街」1作を除いて、すべて永久に封印することにする。あまりにも恥ずかしすぎる作品ばかりだからだ。
 もっとも、平成6年以降、ついにスランプから脱出して、素晴らしい作品を「湯水のごとく」描けるようになったのか、と言えば、決してそんなワケではない。
 単に、昔の作風に逆戻りして、マイナーで時代遅れの漫画を、再び描くようになるだけの話である。


◀BACK
▲HOME
NEXT▶